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将来の自分の姿か?母が認知症になって私が一番怖かったことは

母が認知症かもしれないと思いつつも、なかなかそれを認めることができなかったことは、前にお話ししました。
前に書いた記事 →最初は認められなかった。母が認知症だということに気づいた時のこと
母が認知症になって私が一番怖かったこと
それと同時に、ものすごく怖くなったんですね。

それは、母が認知症かもしれないということからの恐怖ではありませんでした。

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何に対する恐怖かというと、母を見て、自分の将来の姿を想像してしまったからなんです。

実母だったからというのもあるかもしれません。

自分も将来はこうなって行くのだろうか? という恐怖。

今現在病気の母をさておいて、自分のことにかまけていると言われてしまうかもしれません。

でも、なんだかわからないけれど、とてつもなく恐ろしくて、どうしたら良いのかわかりませんでした。

母のことは、私と夫が一緒に世話をすればいいことです。

でも、万が一、私が認知症になって色々なことを忘れて行ってしまったら?

年老いた夫はどんな対応をするのだろうか?

反対に、夫が認知症になって、私がひとりで介護するようになったら?

想像するだけで、その心細さと大変さが感じられて恐ろしくなったのです。

もちろん、兄弟や親戚もいるのですから、その時は助けてくれると思います。

それでも、しばらくは、その恐怖に取り付かれてしまって、頭から離れなくなりました。


でも、まぁね、考えたってどうなるものではありません。

なるようになるしかない、その時はその時だ…… と、開き直れるようになったのは、母を病院へ連れて行って、認知症の診断が出た時でした。
はじめて病院へ行った時のこと →不安が吹っ飛んだ。はじめて母をもの忘れ外来に連れて行った日のこと

私などは、あまり深く考えることもなく、テキトーになんとなく毎日を過ごしていますし、あまり感情を激しく表すタイプではないのですが。

介護を続けていてストレスが蓄積すると、時には叫びたくなったり、お皿を割りたくなったり(笑)

思いがけない自分が現れてくることもあって、感情に波が出てくるように思います。

こんなことを言うと、誤解を招くかもしれませんが、よくニュースなどで介護疲れで虐待したり、果ては殺してしまったりということがありますよね。

認知症の人の頑固さ、頑なさを考えると、疲れ切って、どうして良いのかわからなくなって、思い詰めてしまう可能性が無いとは言えないのです。

時には、このままバシッと母の頬を叩いたら、どんなにスッキリするかと思うことさえあります。

でもね、万が一叩いてしまったとして、気持ちが収まることなんかないのです。

罪悪感と嫌悪感と、嫌な自分を責めるだけだと思うのですよね。

だからこそ、介護する側は、自分で自分の気持ちがコントロールできるようにしておかなくてはなりません。

感情の波を上手におさめて、母に対して行かないといけないのです。

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