ホームモノと向き合う暮らし ≫ 時には無駄も必要。断捨離ばかりで心が凝り固まっていませんか?

時には無駄も必要。断捨離ばかりで心が凝り固まっていませんか?

なぜ断捨離を頑張っているのか、何のために節約するのか、ご自分で目的がはっきり見えていますか?

私は、毎日の生活をスッキリと楽しく豊かなものにしたいから

最終目的がこれです。

具体的な目標じゃない、理想論じゃないのか? と、言われるかもしれませんが、あくまでも最終的にはそうなりたいという理想です。

時には無駄も必要。

最終目標に至る過程の中に、本棚の本を減らそう、キッチンを整理しよう、お金や食材を節約して大切に使おう……

小さな目標が色々出てくるわけです。

スポンサーリンク


しかし、目標達成を頑張るあまり、小さな目標に固執して、最終目標への道を忘れがちだと思うのです。

私もともすると、そういう考えになりがちだなと感じることがあります。

つまり、モノを捨てることが最終目標になってしまっている。

お金を使わないことが最終目的になってしまっている。

まあ、自分だけがそういう主義でいるなら構わないのですが、周囲の人の行動にまで干渉したくなる。

私が必死で片付けているのに、使ったら放り出しっぱなしの家族にイライラする。

不要なモノが溢れて。積み重なっている空間は許せない。

100均で無駄なものを買うのが嫌だ。

コンビニでスイーツを買うなんて無駄遣いだ…… なんてね。


昔、ファジー家電って流行りましたよね。

人間の曖昧さをコンピューターに応用する技術ということで、家電だけでなく、言葉自体も流行りました。

「あいつはの頭はファジーだから」なんて。優柔不断だから、とか、天然だからという意味に使われたりもしていました。

現在の家電は、ファジーなのが当たり前なので、そういう言葉も聞かなくなりましたけれど、日々生活して行く上では、ファジーな感覚も必要なのでは無いかと思います。


優柔不断というと悪いイメージがあるので、むしろ 「臨機応変」いう形ですかね。

人それぞれ、考え方も性格も違うので、みんな同じになるはずはありませんが、時には、目の前の目標だけではなく、最終的にどうなりたいか、理想の自分を設定して、おおらかに行動して行きたいと考えています。

スポンサーリンク


関連記事

コメント













管理者にだけ表示